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流通ジャーナリスト 金子哲雄さんの最後の本   ”僕の死に方”

私はこの金子哲雄さんという方を存じ上げませんでした。流通ジャーナリストとして昼間のテレビやバラエテイー番組などにも出演されていた方です。
この金子氏が若くして肺カルチノイド、しかも末期で手術、化学療法などの集学的治療が出来ないと言われて、それからの500日どのように病気と向きあい、人生と向き合い最後の整理をされたかが本人の言葉で綴られていました。年は41歳、若すぎる死です。
体験記はしばしばただの家族と本人の涙ものともなりがちですが、やはり読むと患者さんの本音が見え隠れして、私達が普段の診療で忘れているものを思い出させてくれます。
彼の文章の中でいくつか思ったことを書いてみます。

 

(1)<有名な医師のところをいくつか訪ねたが、どこか面倒な患者、治療成績を上げない患者、ものとしてみられている感じがした。>・・・・私達は決して治療成績の悪そうな人だから、とむげに扱うことはしませんが、治療が難しい人を物のように扱っていないか。エビデンスという名のもとに、生きることが確率的に難しい人をその数字だけで物のように扱っていないか。現状に対する共感を示せているか。

(2)<仕事をしなくなったら病状が悪化して死んでしまうのではないか、という不安があった。仕事に集中している時は、その間私の中の恐怖を忘れられた。>私も患者さんにはよく言っています。今、出来ている仕事、家族のためにしている役割は絶対なくさないで、減らしてもいいから続けながら治療しましょうと。特にこの金子さんは最後の最後まで本当に仕事をこなし(執念のように読めました)、仕事からエネルギーをもらい生き続けられたと思います。

(3)<寿命が3か月延びる治療で、苦しませるのは本人のためになるのだろうか。家族が精一杯やったと思えるだけのために国の医療費を無駄遣いするのは自分の本意じゃない。> 彼はカテーテルによる治療や訪問看護を受けながら、自宅でぎりぎりの生活をしていました。それでも彼は亡くなったあとに妻が困らないようにと葬式の詳細(司会者、費用、場所、誰を呼ぶかまで)から墓からお金のこと、最後の出版のことなどなど全て決めて、そして亡くなっていきました。死が避けられないとなったら、自分で最後をプロデュースする。皆、正面からそれに立ち向かえないし強い意志がなければ体力も落ちる中で判断力も落ちて出来ないでしょう。私達は自分の最期のもっていき方をもっと正面から見据えないといけないのかもしれないし、医療者はそれをサポートするようにもっていってあげないといけません。これはホスピス医や在宅医だけで出来るものではなく、それまで診ていた医師や医療者が提供出来た方が良いのです。出来る医療を全てすることが医療ではありません。人間らしい生き方とそして最期を提供する舵取り、それは個々で違う訳で、それもオーダーメイド医療の一貫といえるでしょう。でも最期まで生き抜いたという生き方、参考にさせてもらいました。