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ブログ

新年度・ゆとり世代 ~ラべリングについて~

 繰り返しになりますが、新年度に入りました。毎年新入職の方々が緊張と不安を持ちながら、社会人への一歩を踏み出していることと思います。充実した時間であるからこそ、自身を振り返っていく「ゆとり」が必要になる頃です。
 近年の新入職の方々には「ゆとり世代」と呼ばれる方々が多かれ少なかれ含まれてきます。今回は、「ゆとり世代」について考えます。難しくいうと「ラべリング」「レッテル」の話です。

 「ゆとり世代」・・・いわゆる、政府の推し進めた「ゆとり教育」を受けた世代を指す言葉です。「ゆとり教育」は「詰め込み教育」と呼ばれる詰め込み型(記憶重視)の学習から、創造性を重視する教育スタイルへの変容を目的として政府及び教育委員会によって形成されました。モデルはおそらく「自己生成」にあると考えられ、「知識を詰め込む」だけではなく、それを「どう活用するか」という力を育て、より柔軟な発想を持てる人材を形成していくことになる・・・・はずでした。

 実際には、「教師側の準備不足(移行期間の短さにも由来する)」「競争自体の否認」「発想の自由と枠組みとしての自由の混同」などの、「ゆとり教育」の内容理解の誤認から、目標とは異なるモデル形成となり、現在の若者層の「学力低下」「社会性の低下」と呼ばれる現象を引き起こした要因の一つに挙げられることも多くなっています。
 社会的には「未熟」と呼ばれることがあり、また「ゆとり世代だからね・・・」と当人達がラべリングされることもしばしばなようです。

 この時に忘れてはいけないことは、「ゆとり世代」には現在の社会の方々に「ラべリング」されることへの不満があってしかるべきであるということです。それは、彼らを「ゆとり世代」にした要因の一つは「社会」にあるからです。当時、「ゆとり教育」は「いいもの」として理解されました。もちろん、反対した方々もおられたと思います。しかし、我々の社会は議会制民主主義であり、選挙にて選ばれた方々の多数決を経て決定された内容は「民意」となることになっています。これは、「約束事」です。ですので、その「責任」は社会を形成する世代の皆にあります。
 「未熟」と思われる面やその特徴的な部分については、「社会」が成長を補助していく構造と柔軟性を持っている必要があるように思われます。それは、「叱らない」などの非現実的な枠組みではなく、合理性のある、矛盾の少ない枠組みを用いることが大事になります。
 このように考えていくと、「ゆとり世代」のいい面が見えてきます。「素直さ」と「合理性への関心」です。それは未熟さとも関連している部分ではありながらも、「ゆとり世代」という「ラべリング」の意味合いを変えてくれそうです。

 ここまでみていくと、「ラべリング」の作用が明らかになってきます。

「ラべリング」は物事を理解していくとき、つまり距離を置いたり、分類するときに役立ちます。一方でそれは、「ラべリング」される側とする側との関係性を切り離すことになります。このような作用そのものに、メリット・デメリットがあります。それは、事象そのものを理解していくことと、そのものとどう付き合っていくかは別の問題だからです。

 私たちが「ラべリング」をするとき、私たちと「ラべリング」の関係を振り返りたいものです。
それが、私たちの「ゆとり」と「新世代の成長」につながるのかもしれません。