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理解と納得 ~抱えるということ~

 久しぶりの更新になります。気がつけば夏が過ぎ、秋へと季節は移り変わっていく中にあります。
暑さもひと段落し、夏の疲れが出やすい時期となってきます。否応なくすぎていく時間の中にある私たちを、私たちがどのように実感していくのか。抽象的ですが、今回はそんな「理解と納得」について考えていけたらと思います。
 少し専門的な言葉では「抱え(containe)」についてと言えるでしょうか。

 

 我々は生活の中でいくつもの体験をしていますし、してきています。その種類は様々で、全てのことが自分自身の考えているようにはいかないですし、全てのことが思い通りにならないわけでもありません。一番にそうなってほしいことが、希望の通りにはいかず、そこまで期待はしていなかったことが、その通りになることもあります。
 
  そういった意味で、我々は「意志」による強い力を持ちながらも、(当たり前ですが)大きく環境や状況に左右される存在でもあります。自律的に動く私たちの「意志」は環境を変えてしまうほどのエネルギーを持ちますが、その結果が望んでいたこととは異なることもあるかもしれません。
 具体的には、多くの便利な生活が、自然界の均衡を崩す可能性があることを我々は知っていますし、それ故に当初の「意志」に変化を要する出来事を体験していることと思います。 

 人間も「動物」ですから、環境に影響を与えながらも自己の快適な生活を中心に据えていくことは一定の文脈として存在しているといえます。その「良し悪し」についてはここでは一旦据え置き(とても重要な議論ですが)、現実に存在する矛盾や二律背反的葛藤をどう捉えていくことで私たちのバランスは保たれているのでしょうか。  

  これらの状況のとき、「納得」は非常に難しい観念と言えるかもしれません。それは、「納得」が「結果」と「情緒的希望」の「一致」からもたらされる内容だからです。我々は一定の「妥協」も用いますが、「一致」が必ずしも成立しないが故に「納得」がもたらされることにはいくつものハードルが存在すると言えるかもしれません。具体的には、一つの「不満」であれば「納得」であるのか、一つの「不満」も許せないのか、そんなやり取りになるかもしれません。

   「納得できない」・・・それは、自身のあり方と現実との距離感がとても近い時に生じている可能性があります。 

   それでは「理解」はどうでしょうか。これらの状況では「理解すること」は、ある一定の安定を与えてくれるかもしれません。物事がどうしてそうなっているのか、今どんな状態にあるのかを把握していくこと、それが「理解」です。「理解」をするためには、「調べること」「教えてもらうこと」「疑問を持つこと」などが必要になってきます。つまり、「人」や「もの」との「やり取り」が必要になるということです。それは、物事の関係性に着目して、受け入れていくこととも言えるかもしれません。 
 
  つまり・・・「理解すること」=「抱えること」 といえるでしょうか。  

 時間の早さ・無常さ、一方で、それ故の時間の大切さや有意義さ、その中での自身が不透明になりそうなとき、現状の自身とこれまでの自身と周囲との関係を「理解すること」=「やり取り」=「抱えること」は、休息の場を与えてくれるかもしれません。  
  今年を一気に走り抜けてきている多くの方がいらっしゃると思います。自身の成長や歩みを実感するために、「理解の場(空間)」が自身を大事にする機会を与えてくれるかもしれません。