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ブログ

「困る力」~抑うつということ~

 我々の生活の中で「落ち込むこと」は、それ自体があまり好ましくないものとして語られることが多いように思います。特に、昨今はいくつものメディアの中で「うつ病」という名前がとりあげられ、「誰しもがなる得るうつ病」というイメージが良くも悪くも定着してきています。その中で、「落ち込むこと」が避けるべきネガティブな存在として意味づけられるようになってきているようです。
 今回は、「落ち込むこと」のもう一つの側面、つまり「困る力」についてお話できればと考えています。
 少し難解な視点では「うつ病」と「抑うつ状態」のお話といえるでしょうか。

 多くの方々が考えるとおり、「落ち込むこと」は我々の人生の中でできる限り体験しない方がいい類のプロセスと呼べます。したがって、我々にとっては自分の描いた物事がその通りに進んでいくことが望ましいように感じられますし、思考していくことが通常の感覚といえるかもしれません。
 一方、「落ち込むこと」は、時に体験を「内省していくこと」と同義になる側面があります。何か大きな失敗をしたとき、衝撃の事実と出会ったとき、我々は当然「落ち込む」でしょう。これは、現実を受け止めていく時に不可逆的に生じる「落ち込み」であり、我々が成長していくために必要な「内省」と呼べるかもしれません。
 「落ち込む」ような現実的な失敗があるときに、「気にしないで前向きに」となることは現実逃避的な側面もあるかもしれません。その意味では、「落ち込む」=「現実的」・「前向き」=「回避的」という図式が成り立つ場面もあるといえるでしょうか。

 このように考えていくと、
我々の中で必要な「落ち込み」が存在していることがみえてきます。それは、「困る力」といえるでしょうか。現実的に対処しなくてはいけない問題、気持ちの中で整理をつけていきたいと自身が感じている事柄、そんなものがあるときに、我々は「困っている」を自覚していくとが大事になります。「困っている」からこそ、その改善に向かうことや周囲に頼ることへとつながっていくといえるかもしれません。

 「落ち込むとき」「困っているとき」、我々は「抑うつ状態」になることがあるかもしれません。それは、現実的な問題の大きさや見通しに対する心配から、気分が滅入ったり、なんとなく力がわかない状態といえます。一方で、これは自然な状態ともいえます。現実的な問題が存在するとき、我々がその物事に対処するときには、「困る力」を発揮していく必要があるからです。

 「うつ病」はどうでしょう。これは現実的な問題をきっかけとしながらも、その問題の存在の有無や対処とは異なる水準でも生じうる状態です。つまり、現実的な問題が解消されても継続していくことや落ち着ける環境への移行に関わらず存在する可能性があります。

 これらのことからは、「落ち込むこと」が、必ずしも「うつ」と同質ではないことがみえてきます。「うつ病」と「抑うつ状態」
は分けて考えておく必要がありそうです。
 「落ち込むこと」が、「いけないことではないこと」を我々の中に置いておくことが、少しのゆとりにつながっていくように感じます。
 そして、「困る力」は、成長への志向性・考える自己を支える大事な要素なのかもしれません。