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ブログ

宝塚歌劇の中の医者

友人に誘われて、宝塚歌劇を観劇してきた。
劇はフランス革命時蜂起した民衆をテーマにしたロックミュージカルで、ロペスピエール、ダントン、ムーランなど、おなじみの革命の立役者達が登場する。
小林幸子も裸足で逃げ出す豪華絢爛なマリーアントワネットドレスに度胆を抜かれ、バスティーユ牢獄前での群衆の迫力のコーラスに鳥肌を立て、ビルの三階分はあるという大階段から歌いながら降臨する煌びやかなスター達に口を開けて見惚れているうちにあっという間の時間が過ぎた。
聞けば、宝塚のトップ男役の方が背負う大きな羽は重さ20kgだそうで、院内で言えば車椅子一台分の重さである。女優さんが車椅子を肩に背負いながら、笑顔で歌ったり踊ったりしていると考えると、その肉体的過酷さがわかるというもの。
 長い間の鍛錬の末に咲いた歌劇という華は、圧倒的に豪奢で、血・便・尿・自分の冷や汗・研修医の体臭などにまみれつつ、正確な判断と選択を常時必要とする緊張感に満ちた戦場から一時解放され、非日常の眩い世界に跳べた夢の一時であった。

商売柄、そんな時でも目に飛び込んでくるのは我が同志である。劇に、ジャン=ポール=マラーという医師が登場する。元王族の主治医から離職し、市民の側へ立って革命を支持した医師である。劇中では、理想と情熱に燃え、温かみのある人間的な医師として描かれていたのが印象的だった。

そのことを告げると、知人が後日、宝塚歌劇に出てくる医者を特集したDVDを紹介してくれた。なんにでも、マニアというものはいるものである。
手塚治虫の漫画ブラックジャック、オーシャンズ11の中の偽医者、「風と共に去りぬ」(あのスカーレット・オハラも、従軍看護師として戦場に行っていたのですね。)の南部戦争の従軍医ミード博士、 新堂冬樹「忘れ雪」、流行の医療過誤を機にメスを棄てた外科医等々、予想以上に舞台上で医者が演じられていた。
脳科学者をテーマにした作品の中に、「その名は海馬、ヒポキャンパス―」という、「海馬の歌」というものまであったことには驚いた。恐るべし宝塚。

劇中の医者は理想と使命感に溢れている。弱き者を助ける優しさがあり、不治の病を克服するという希望に燃えている。また、医療への疑問、挫折や使命との葛藤などの人間的な感情も描かれる。
かつて医師は、知識階級に属しながら、その知識を人々に還元する使命を明確に意識していたように思う。

現代の医療が直面している問題は、生活の質の保持と医療資源の確保かもしれない。病の克服だけでなく、いかに人が余生を穏やかに負担なく過ごせるかを考えていく時代になった。
高額で、専門化していく医療を、いかに公正に配分し、人々に届けるか。
高齢化していく私たちの父母・祖父母の世代に対して医療の質を保ち続け、次の世代にどう手渡すか。
そのために働く医療従事者の質を保ち、確保していくこと。
現代だからこそ、日常診療だけでなく、医者としての社会的使命を常に忘れずに胆に銘じていたい。