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ブログ

2016年

2月

25日

「異常」気象(3)~全体と部分~

 久しぶりの更新になります。いくつかの大きな出来事があり滞ってしまいましたが、大分落ち着いてきました
のでこれからできる限り定期的な更新をしていければと思っています。大きな出来事については、また適切な
時期が参りましたら皆様に活かせる形でお話できればと考えています。
 間が空いてしまいましたが、前回の続きに移っていければと思います。前回は「部分」と「全体」の行き来の中に「本質」
が存在していることをお話しました。今回は、これが対人関係や心理的にはどう考えられるのか、またそれが「異常」気象と
というテーマとどうつながっているのかをお話して、このテーマを締めたいと考えます。

 我々の世界の理解は「全体」を「部分」に切り分け、「部分」の分析を積み重ねることによって、「全体」に反映していくことで発展していることは、これまでの理解の通りです。それが「科学」における「普遍的場面の設定と再現性」とその連続性による全体的な理解といえるでしょうか。もう少し噛み砕いていくと「ある状況で起こることが、誰にでもその状況であれば起こること」をいくつも積み重ねていくことで、「わからないこと」が「理解可能なこと」となっていくということです。歴史的なその積み重ねから、現在では多くの現象が理解可能になってきているといえます。

 これを、対人関係や心理的理解の中で行っていくときには少しその裏側の理解も必要になっていきます。つまり、「わからないことが存在する」という前提です。それはまた、「わからないこと」=「異常」ではないという理解をさします。
 対人関係の中では「態度や発言の背景を察する」ということが大事になってきますが、それは全てが「理解可能」ではありませんし、ある場面で存在していたものが、ある場面では容易に消失するということが起こってきます。例えば、「仕事の話をしているときには不機嫌だったのが、話題が変わると落ち着いてくる」ということが自身にも相手にも通常に生じてくるということになります。この時点では、「不機嫌」が「仕事」からきているのか、それを聴く自身もしくは相手の「態度」からきているのか等、その理由は「わからない」わけです。ですので、それがどこから来ているのかを「やり取り」を通じて理解していくことになります。

 ここで、「不機嫌」の側面だけを部分的に取り上げ、その解釈を自己の中だけで行っていくと「部分反応」となっていき、現実理解のズレや対人関係での自己への負担を生じさせていくことにつながっていくかもしれません。ですので、「わからないこと」を「理解可能なこと」に変えていくという実証的作業が、関係性の中で常に行われていくことが対人関係や心理的理解の実際になっていくことといえるでしょうか。

 このことから、心理援助の場面では、場所や時間などの一定の条件を揃える対人関係状況を作りつつ、その中で起こることを「わからないこと」から「理解可能なこと」に「やり取り」を通じて行っていくこととなります。これが、どちらかが「部分的な理解」に留まることや「わからないこと」そのものに耐えることが難しくなってくるとき、ある一定の心理的問題につながっていると考えられるかもしれません。

 まず、ここで大事なことは「わからないこと」=「異常」としないことと言えます。この理解をもって、「異常」気象に戻っていきたいと思います。
 当然のことながら「気象」は科学的手法で観測されていますから、「観測地点」「観測開始時期」などいくつかの「条件」が存在しています。したがって、現在ある「異常」気象が、あくまで「観測可能となった時期」及び「現在の観測手法が確立された時期」では希であることや考えにくいこと、もしくは「原因が不明であること」をさしています。したがって、それは条件つきの「異常」であるということでもありますし、「今は理解が難しいものの、いずれ解明されること」「以前も存在していた可能性があること」ともいえるかもしれません。

 そのためには、「全体的」な理解が重要になってきます。ご存知な方も多いと思いますが「富士山の噴火回数」には、過去の記録だけでなく、記録のない時代の理解には和歌に歌われているものなども参考にされているようです。

 それは、どの分野でも垣根を越えて理解できるものがあること、また我々が部分にとらわれずに過ごす視点をもつことで、より豊かに存在できることを伝えてくれているかもしれません。