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ブログ

沖縄徳洲会

 私が医学部六年生の時、任意病院での臨床研修先でお世話になったのが、沖縄本島の徳洲会病院だった。当時、徳洲会病院は沖縄本島と奄美、九州に数施設あるのみで、離島・僻地医療を推進する民間の雄という印象だった。
 院長先生に実習のご挨拶に伺ったところ、わざわざ両手握手で返礼いただき、恐縮していたら、院内に選挙ポスターが張り巡らされていたことに後で気づいた。島内で移動をする際にご厚意で病院の車を使わせていただいたのだがその車にも屋根にスピーカー、運転席にマイクが装備されており、行く先々で視聴率を集めて少々閉口した。
 ただ、まだ何もわからぬ学生だった私でさえ、「無医村に医療を、そのための国政参加を」という熱意を肌で感じた。

 その時の徳洲会病院は、命を助けるためだったら何でもありだという、いい意味での医療者の情熱が溢れていた。まだインターネットもエビデンスもなかった時代だ。
 救急車のサイレンが鳴り響くたび、医師が救急室へと飛び込み、服を切り、管を入れ、心臓を揉み、針を入れた。途切れることなく重症患者さんが運び込まれ、ERは夜が、昼以上に術野を示すライトで煌々と照らされていた。交通事故、海難事故、ハブに噛まれた等々、まさしく、前線の野戦病院だった。

 そんな我々のカロリー補給源となったのが、医局で用意されている簡素な軽食、病院の職員食堂、そして売店だった。
 病院食堂は毎日毎日が、未知との遭遇だった。昼食に豚足が出されたり、汁物はアーサー、炊き込みご飯(ちんぬくじゅーしー)、ナベーラー(ヘチマ)の味噌煮込み、ソーメンチャンプルー。所変わればこんなに病院食堂も変わるのだと感心した。
 食堂の職員さんに、「これは何?」とあれこれ尋ねるのが毎日楽しみだった。
 しかし、魚だけはまともな解答が返ってきた記憶がない。いつ聞いても、「そこらで取れた魚さー」と言われていたように思う。正直にいうと、島だというのに魚だけは、不味だった。

 今では全国区になり、湘南の海辺でもちらほら見かけるようになったが、「スパム握り」を初めて食べたのは徳洲会の病院の売店だった。あの時の感動は忘れない。
 塩と油の塊のような缶詰豚肉「スパム」。それを白いご飯に載せ、ぐるぐると黒い海苔で包囲した「スパムにぎり」の濃厚なパンチの効いた味は、極限の疲労に追い込まれた若き医学生を何度となく蘇らせた。(しかし、脳卒中の患者さんなどには絶対食べてほしくない。)
スパム握りなしでは、あのハードな実習の日々は耐えられなかっただろう。

 この間沖縄の離島研修に行ってきた研修医と話をしたところ、このスパム握りはまだ健在らしい。
「海、見た?」と尋ねると彼は全く日焼けしていない顔で爽やかに、「ええ、毎日、病室の窓から! きらきら光ってました!!」と半分自棄気味に答えた。その笑顔には一点の曇りもなかった。
 時代は変われども、急病人は変わらず、そして医師の忙しさも、その根底の情熱も変わりはしない。
 当院にもスパムにぎりの導入を切望する。