湘南鎌倉総合病院
  • 湘南鎌倉総合病院ホーム
  • 湘南鎌倉総合病院アクセス
  • 湘南鎌倉総合病院お問い合わせ
  • 湘南鎌倉総合病院プライバシーポリシー

 

コミュニケーション(2) ~その背景~

 「怒る」と「叱る」を通して、コミュニケーションが「やり取りであること」がみえてきました。更新が遅れて
しまいましたが、今回は「やり取り」である「コミュニケーション」の背景について考えていければと思います。

 難しく言うと「コミュニケーションの定義の話」です。

 そもそも「コミュニケーション」とはどんな意味をもつのでしょうか?「コミュニケーション」は英語ですので、
英語標記「communication」で考えていきたいと思います。

 「communication」は、「communicate」の名詞形であり、 「communic」=「共有・相互の」 + 「ate」=「~する」
+ 「ion」=「状態。結果」 からなる言葉です。したがって、「相互に体系づける」が直訳になるでしょうか。

 また、「communication」の語源はラテン語の「communis」と言われており、これには「共同・共生」という意味があります。歴史を辿っていくと「一体化する」という意味もあったようです。

 これらのことからは、人と人との関係で言えば「コミュニケーション」=「人と人とを体系づけること」であり、それは、「共生の方法」であることが見えてきます。

 前回からの続きで考えていくと「やり取りをすること」、それ自体が「人が共に生きるということ」を表していると言えます。逆説的には「生きること」とは「やり取りをすること」とも言えるかもしれません。

  「受け止めること」「受け止められること」を通した「楽しみ」や「安心」は、確かに「生きること」を輝かせる
ように思います。人と生きるために、大事にしたい理解です。

 補足ですが、コミュニケーションの否定である 「discommunication」 は 「破門」 という意味を持ちます。

 「やり取り」を失うことが、ある「輪」の中からの「破門」を表現していることは興味深いことと感じます。

                                                            ・・つづく