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すべては無常、体は借り物

老いを感じるのはまだまだ早いのですが、体力のピークは過ぎたと思うこの頃です。
いつまでこのハードな生活が続けられるかなー、と思うこともあります。
しかし外来で見ていると、高齢でも仕事を続けている人は若いと思います。 
人はないものを求めるもので、時間がなければ”あー休みが欲しい・・・”となりますし、それで休んでしまえばまた刺激を求めて仕事がしたくなる。自分も5年ほど前1か月ほど休みをいただいた時に同様の経験をしました。家にいたら私はただのおばさんでした。仕事がどれだけ自分に輝きを与えているか、教えてもらった休暇でした。
 さて、ふと目にとまったタイトル。老いとか孤独とかいうタイトルの本が増えていると思うのですが、スリランカに興味がある私はスリランカ上座仏教長老が書いた本ということで読んでみることにしました。

その中で述べられていた心に残る3つの文章を紹介します。
1.すべては無常。だから老いを嘆いても仕方がない。すべて無常だからこんなもんだと受け止め、老いた
  からと嘆かない。昨日の自分は過去の自分で今の自分ではない。過去ばかり振り返ったり、将来に期待
  ばかり持たず、今を生きる!!
2.その人の人生が良いものであるかどうかは物質が決めるのではなく心が決める。欲張ると心は錆びま
  す。(物欲が減ったとはいえ、まだある自分です。)死ぬ時には全て捨てていかなくてはならないのだ
  から、年とともに物を減らす。
3.体はすべて借り物。死んだらお返しする借り物。でも今の心は次に引き継がれる。心は金塊です。磨か
  なくてはただの泥まみれの金と同じです。(体が借り物という概念は私の心にすーっと入ってくる考え
  方でした。)
中国や朝鮮を経由して日本に伝わった仏教は大乗仏教。スリランカやタイなどに伝わったのはテーラワーダ仏教(テーラワーダ:長老の教えという意味)だそうです。違いについてはもう少し調べてみないとわかりませんが。