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ブログ

4月ローテートした平田です。

平田 有美恵Dr
平田 有美恵Dr

血液内科ブログを御覧の皆様、はじめまして。そして病棟でお会いした方々はお久しぶりです。初期研修医二年目の平田有美恵と申します。

二年生の一番初めという何年何十年ものキャリアのある先輩方にはとても及ばないものの、さりとて一年生よりも大きな責任を任せられるとても大事な時期に血液内科で研修できたことは、私の医師人生においても、また人生そのものにおいてもとても重要であったと思います。一ヶ月間本当にお世話になりました。

そもそも私と血液内科の出会いは学生時代に遡ります。もともと血液内科は私にとってロジカルで面白い科目であるものの、他の科とあまり違いのない学習をして試験に通るべき科の1つにすぎませんでした。それが変わったのは五年生の時、学生実習が始まってからです。実習を選ぶ際に「学生なのにとても遅い時間まで残される」「患者さんを何人も担当し、話を聞き身体所見を取らされる」「とにかくきつい」との前評判の科、それが母校のとある分院の血液内科でした。とにかく臨床の場に出られたことが喜ばしくて仕方のなかった当時の私は率先して志願し、どんなに辛い場所なのだろうとドキドキしながら二週間の実習に臨みました。<つづく>

実際に訪れたそこは常勤の医師が三人のみであり、業務は確かにきついものの、とても暖かな場所でした。大学病院に比べ病床数も少ない中規模であったその病院は、市中病院と大学病院の良いところを半分ずつ取ったような場所で、退任間近の部長の先生に中堅、若手の先生が続き、年が離れまるで三世代の家族のようなその三人を看護師・薬剤師をはじめとするコメディカルが支え、ともに業務を行っていました。学生だてらに働かされると評判であったその科の実習は前評判通りで、毎日回診をし患者さんと話して身体所見を取り、温度板を探しまわり確かめ、カルテに記載を行い、患者さんが退院されれば一緒に喜び、検査結果が悪ければ一緒に悲しみまた励まし、そういった毎日でした。一番若い先生はそれまで私が血液内科という科に持っていた”内科中の内科”というイメージとは真逆のとても活発な女医さんで、長いポニーテールを揺らしながら病棟を駆けまわっておりました。身体所見の取り方、患者さんとの関わり方、多くのことをその先生から教えていただきましたが、中でも最も印象に残っている言葉があります。
「血液内科の癌は、外科治療なしで唯一根治する癌だから。そして一生付き合っていくものだから」
後に、もともとは外科系を志そうとしていたその先生が、血液内科を自分の科として選んだ理由は同級生が血液腫瘍にかかったことがきっかけだったとお聞きしました。必死に助けようとした方が亡くなった時、せっかく良くなりかけていたのにと検査結果を握りしめ、それでも次と気持ちをきりかえ仕事をしていたその先生の姿は、今でも鮮明に思い起こせます。<つづく>

当院での血液内科研修初日、学生時代に診療科が変わるたびにドキドキしながら先生がいらっしゃるのを待っていたのと同じように、カルテで患者さんのデータを見ながら江里先生をお待ちしていました。朝の七時二十分、現れた江里先生は開口一番、
「うちの患者さんに何かあった?」
その先一ヶ月間変わらず聞くこととなるこの台詞は、まるでこの病棟を象徴しているかのような言葉でした。ともすれば語弊を生むかもしれませんが、良い意味で皆が“うちの患者さん”達を心から思っており、本当にあたたかく風通しの良い、まるで大きな一つの家族のような病棟でした。
血液の腫瘍は長い付き合いとなる病気です。唯一根治する可能性のある癌ではありますが、そこに至るまでは何度も辛い化学療法を乗り越えなければなりません。長い長い闘病生活、その過程には本人の努力はもちろんのこと、まわりの家族も共に戦っています。そうした方々に寄り添い支えていくのが良い病棟であり、そうした中に信頼が生まれ、暖かな空気を作っていくのだと思います。
この病棟で最も特筆すべきは、すべての職種が一同に集まる週に一度のカンファレンスでした。医師、看護師、リハビリ、ソーシャルワーカー、臨床心理士が集まり、それぞれの持っている情報を交換していきます。医学的な状態から精神状態、家族の状況、帰宅後の生活など入院中の状態はもとよりその人を取り巻く全てに対してアセスメントを行っていきます。「この患者さんは今ちょっと落ち込んでいて、違う部屋のこの人と仲が良かったから部屋を移動させたい」「リハビリの状況としては家に帰れるけれども、家族の協力の形を考えて伝えていきます」。そうしたきめ細やかな意見が交わされ、共有されていきます。入院中の生活はもとより家に帰ったあとの生活まで、そしていつか来る最期の時までを想定に置きながら、その人にとっての最良を模索してゆきます。“ゆりかごから墓場まで”というのは第二次世界大戦後のイギリスの医療制度のスローガンですが、まさに”初診から墓場まで”を体現している場所であり、そこには自分が理想として思い描いていたものの一つの形が確かにあったと思います。<つづく>

そしてもう一つ血液内科で学んだこと、それは好ましくないこともきちんと伝えてゆく難しさ、厳しさ、そしてその中にある愛情でした。愛情を持たなければ良い仕事はできません。しかし、感情に流されてしまうことは時として良い結果を生まないことがあります。我々は患者さんに最も親身でいなければいけませんが、同時に医療の専門家としての仕事を全うしなければいけないのです。そのバランスを取ることは時として大変難しく、微細な感覚の上に成り立っています。嬉しくない事実を伝えることは大変苦痛なことです。患者さんの落ち込む顔、がっかりして気落ちした肩は、伝える側も辛い気持ちになり、時として私のような未熟者は一緒に落ち込んでしまうこともしばしばあります。しかし、悪い現実は目を逸らしたところで消えてくれるものではありません。しっかりとそれらを伝え、時には拒絶されようとも共に寄り添い支えていく、そうした姿勢を間近で学ぶことが出来ました。

江里先生が血液内科をご自分の科に選ばれた理由を私はまだお聞きしていません。
けれど仕事をなさっている先生の背中を見ていると、そこには確固とした“覚悟”や“責任”を感じ取れる気がします。私はこの病棟で、強靭でありながら繊細できめ細やかな医療の一端に確かに触れる事が出来ました。そしてそれは、私が行う医療にとって核となるものであると確信しております。

この一ヶ月血液内科で研修をすることが出来て、本当に多くの事を学ばせていただきました。
江里先生、玉井先生、神戸先生、稲垣先生、渡辺先生、そしてチエさん(師長さん)を筆頭にすべての病棟スタッフの皆様、そして何より私のような未熟者に身体も心も委ねてくださった患者さん達に本当に心の底より感謝しております。どうもありがとうございました。               
                                       平田 有美恵