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ブログ

病中吟

毎年、年末年始に、サラリーマン川柳を読むのを楽しみにしている。
第一生命が毎年行っている公募制の川柳コンテストで、その年の12月までに応募された作品を翌年の2月に公表し、一般から投票して順位を決める。

「入学金 息子頼むぞ 倍返し」「師走より 義母(はは)が来る日は 大掃除」「玄関で 出迎えるのは ルンバだけ」など、流行を取り入れながら、サラリーマン家庭(?)の悲哀をユーモラスに詠んだものが多く、ついつい吹き出してしまう。
苦境を、洒落にかえたり茶化したりして乗り切るのは、我々市井の人間の素晴らしい処世術だと思う。
 病院という環境も、非日常のままならない生活であろうから、病院川柳とでも言うべきものがないかと探したが、これがなかなかないのである。
いよいよ体が大儀になってくると、洒落た句をひねり出す余裕もなくなってくるのだろうか。

俳句には、病中吟という形式がある。
有名なところでは、芭蕉の「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」や、正岡子規の「いくたびも雪の深さを尋ねけり」など、その名の通り、病に伏した際に読んだ句である。
病中の無力感・孤独感を色濃く漂わせている句もあれば、「病み痩せて帯の重さよ秋袷」(杉田久女) 等、自らの身体を観察する明敏な視線の句もある。

あの夏目漱石にも病中吟がある。
「腸(はらわた)に 春したたるや 粥の味」
病中に得た句と詩は、退屈を紛らわすための仕事ではなく、「実生活の圧迫を逃れた心が、本来の自由の心に跳ね返って余裕を得たときに、油然と漲り浮かんだ天来の彩紋である」と書いた漱石の病中句は、さすがに力強く、未来への確信に満ちている。
 彼のような高等遊民にはなれずとも、わが身の難儀を、定型に合わせて、こねたりゆすぶったり言い換えたり、苦心する作業は、自らと距離をとるということである。その余白が、憂鬱の直撃を避ける緩衝剤になることもあるだろう。

無事退院された患者さんのご家族から、お手紙と共に句を添えていただいたこともある。
「天地(あめつち)に 来れるものありて 君が春野に立たす日近し」
聞けば、美智子皇后が、快癒された陛下を迎えて吟じた歌だという。
入院を終えてご自宅に戻られる方の期待・喜びがひしひしと感じられるお手紙だったことを今でも嬉しく覚えている。

病中にある方々・それを見守る方々にとっても、一日も早く春が来ますように。

謹賀新年